8.中心性漿液性脈絡網膜症
編集:九州大学総長 石橋 達朗 先生
今回のテーマは「中心性漿液性脈絡網膜症」。
眼の奥の網膜の真ん中あたりに水が溜まって、視力が悪くなったり、見ている物がゆがんだりするっていうお話。
バリバリ働いている人に起こりやすい病気らしいヨ。
視野の中央で、見え方に異常が起きる病気
網膜の中心「黄斑」の水ぶくれが原因
私たちは、瞳孔から眼球内に入った光を網膜(カメラのフィルムまたは撮像素子に相当するところ)で感じとって視覚情報を得ていますが、その網膜でとくに視力に関与しているのが、眼底のほぼ中央にあたる黄斑と呼ばれる部分です。
中心性漿液性脈絡網膜症は、この黄斑に水ぶくれ(むくみ)が起こり、部分的な網膜剥離が起きた状態となり、視機能が低下する病気です。網膜剥離自体の程度は軽いものですが、視力にとって一番大切な黄斑が障害されるため、後にあげるような症状が現れます。
働き盛りの男性に起こりやすい
この病気は、20~50歳(なかでも30~40歳)の人に起きやすく、20歳以前や50歳以降の発病はまれです。また、男性の発病頻度は女性の3倍と高くなっています。身体や心がリラックスしているときよりも、過労や睡眠不足のとき、ストレスが溜まったときに発病しやすいという傾向があります。つまり、働き盛りの人、とくに男性が、仕事などで無理が重なったときに起こりやすい病気といえます。
通常は片側の目に起こり、両目同時に発病することはまずありませんが、時期をずらして反対の目に発病することはあります。
中心性漿液性脈絡網膜症の主な症状
・視力低下
網膜剥離のために網膜細胞の機能が障害され、視力が低下することがあります。ただし、ふつうは悪くても 0.5程度までにとどまります。
・中心暗点
黄斑の網膜細胞の機能低下で、視野の中央部分が周辺部に比べて暗く感じられることがあります。
・変視症
黄斑の水ぶくれのため、物がゆがんで見えることがあります。
・小視症
黄斑の水ぶくれのため、物がゆがんで見えることがあります。
・色覚異常
実際の色と違って見えることがあります。
・遠視
水ぶくれの分だけ網膜の位置が前に移動することになり、軽い遠視になることがあります。
水ぶくれの原因は網膜色素上皮の機能低下
では、なぜ黄斑に水ぶくれが起きるのかということですが、それは網膜色素上皮のバリア機能の低下によって、脈絡膜の中の水分などの漿液(液体)が、網膜側に漏れ出すことが原因です。
網膜色素上皮のバリア機能とは
網膜よりも外側から眼球を覆っている膜を脈絡膜といいます。脈絡膜は、血管が大変豊富な組織です。網膜は、網膜内の血管のほかに、この脈絡膜の血管からも酸素や栄養分の供給を受け、同時に不要になった老廃物を脈絡膜へ戻して、その機能を維持しています。
網膜は何層かの薄い層で構成されていますが、脈絡膜に近い一番外側の層を網膜色素上皮層といいます。網膜色素上皮は網膜-脈絡膜間の関門にあたり、網膜に酸素や栄養分以外の物質が入り込むのを防いだり、老廃物を脈絡膜に戻す働きをしています。これを、バリア機能といいます。
網膜色素上皮のバリア機能が低下すると、網膜側に不要な物質(漿液)が流れ込み、それが網膜色素上皮層と視細胞層(光を感じとる細胞がある層)の間に溜まって水ぶくれを作ります。水ぶくれの部分は、視細胞層と網膜色素上皮層が剥がれて網膜剥離の状態になりますので、脈絡膜からの栄養補給が途絶えて視細胞の働きが低下し、視力低下などの症状が現れます。
バリア機能低下の原因は脈絡膜循環障害
網膜色素上皮のバリア機能が低下する詳しい原因は、よくわかっていません。以前は色素上皮そのものに原因があると考えられていましたが、現在は脈絡膜血管の循環障害(血流が悪くなったり、水漏れが強くなること)が元にあると考えられるようになってきました。
蛍光眼底造影で診断し、病状を確認
眼底検査で黄斑に水ぶくれが発見され、この病気が疑われた場合、診断の確定のために蛍光眼底造影という検査が行われます。腕の静脈に造影剤を注射し、それが眼球内に到達するときの様子を観察する眼底検査です。色素上皮のバリア機能が低下していると、注射後しばらくして、造影剤がある一点から漏出し(漏れ出し)、眼底に広がってくるのが確認されます。
バリア機能が回復して病気が治りつつある段階では、徐々に造影剤の漏出が少なくなります。
中心性漿液性脈絡網膜症の眼底写真 | 蛍光眼底造影で確認された漏出点 |
ケースに応じてレーザー治療や薬物治療
この病気は、なにも治療せずにいても3~6か月すると自然に治る病気です。ただ、経過が長引いたり再発を繰り返していると、視細胞の機能が低下して、水ぶくれがひいた後(漿液が脈絡膜に吸収された後)も、視力が元通りにならないことがありますので、そのようなケースでは積極的な治療が必要です。
治療は主に、色素上皮機能の回復を早めて網膜内に溜まっている漿液の吸収を促す目的で、レーザー光凝固術を行ったり、内服薬を服用します。
レーザー光凝固術
蛍光眼底造影で発見された液体の漏出点(水が漏れ出ている点)に、軽いレーザー光線を照射して細胞を凝固します。すると凝固部分の細胞を修復しようとする活動が盛んになり、バリア機能が再構築されます。その後、漿液の吸収が始まり、凝固後数週間で自覚症状が軽快します。
ただし、この病気は基本的には自然治癒する病気ですし、レーザー光凝固には少数ですが副作用(網膜がシワのようになったりする)もあるので、光凝固を行うには、いくつかの条件があります。
なお、光凝固をしても水がひかなかったり、まれに凝固後、新生血管という異常な血管が発生することもあって、それらの有無の確認のために、凝固後にも眼底検査を受ける必要があります。
光凝固ができないケース
・漏出点がはっきりしない
蛍光眼底造影を行っても、なかには漿液の漏出点が確認できない場合もあります。この場合、光凝固はできません。
・漏出点が中心窩付近にある
中心窩とは、黄斑の中心にある視力が最も鋭敏な一点です。中心窩の機能が失われると、視力は0.1以下になってしまいます。漏出点が中心窩と重なっている場合は光凝固はできません。
光凝固がすすめられるケース
・3か月経過しても水がひかない
黄斑の水ぶくれが長期に及ぶと、水がひいた後にも視細胞の機能が回復しないことがあるため、光凝固での治療がすすめられます。
・再発を繰り返している
再発を繰り返していると、少しずつ視細胞の機能が低下してしまいます。そのようなケースでは、光凝固で早めに治療を行います。
・患者さんが早期の治癒を希望する
仕事で車を運転するなど、生活上の理由で患者さんが少しでも早い治癒を望む場合、3か月の経過観察を待たずに光凝固をすることもあります。
経過が長引いたり再発を繰り返すと、このように黄斑が萎縮して、視力障害や変視症が残ってしまうことがあります。中心窩の右下方は古いレーザー光凝固斑です(矢印)。
新しい治療の試み
光凝固ができない場合、光線力学的療法という光に反応する薬と弱いレーザーで水漏れを抑える治療法や、抗VEGF薬という血管からの水漏れを抑える薬を眼球内に注射する方法があります。ただしこれらの方法は、この病気に対する治療法としては、正式には認可されていません。
薬物治療
薬物療法も治癒を促進する目的で行われます。また、光凝固をしたほうがよいのに、漏出点がわからなかったり、漏出点が中心窩と重なっていて、光凝固できない場合に適応になります。
主に次のような薬が治療に用いられています。
末梢循環改善薬
前にも書きましたが、色素上皮のバリア機能低下には、脈絡膜の循環障害が元にあります。脈絡膜の血流をよくすることで、色素上皮の働きを回復させたり、あるいは視細胞の機能を助けるために、末梢循環改善薬が処方されます。
蛋白分解酵素薬
漿液に含まれる蛋白を分解すると、水のひきが早くなると考えられますので、蛋白分解酵素薬が使われます。
ビタミン薬
視細胞の活性化を目的に、ビタミン薬が処方されることもあります。
中心性漿液性脈絡網膜症と加齢黄斑変性
中心性漿液性脈絡網膜症と同じ黄斑の病気のひとつに、近年患者数が急に増えている加齢黄斑変性があります。これは、黄斑部に通常では存在しない新生血管という異常な血管が伸びてきて、適切に治療されないと極端な視力障害に至る病気です。
中心性漿液性脈絡網膜症の病歴がある人は、加齢黄斑変性を発病しやすい傾向があります。加齢黄斑変性の初期は、中心性漿液性脈絡網膜症と症状が似ていますが、治療は目的も方法も異なり、病状によっては少しでも早く治療を開始したほうがよい場合もあります。
中心性漿液性脈絡網膜症は、再発傾向のある病気です。治療後に、もし再び見え方が異常になった場合、それが本当に再発によるものなのか、加齢黄斑変性の可能性はないのかを確かめる必要があります。とくに50歳を超えた方は、中心性漿液性脈絡網膜症は少なく、加齢黄斑変性が疑われますので、すぐにでも眼科を受診してください。
一番いいのは身体と心のリフレッシュ!
中心性漿液性脈絡網膜症の元にある脈絡膜の循環障害の原因は、正確にはわかっていませんが、睡眠不足や過労、ストレスなどの影響が少なくないと考えられています。事実、患者さんに症状が現れる前の生活状況をたずねてみると、「徹夜明けだった」などの答えが返ってくることがしばしばあります。
ですからこの病気の治療や予防には、本当は時間をとって、ゆっくり身体と心を休めるのが一番だともいえます。十分な休養は、心身のリフレッシュとともに、網膜色素上皮バリア機能もリフレッシュ(再構築)してくれます。
しかし一方で、この病気は働き盛りの年代の人に多いので、そのような時間をとれる人はあまりいらっしゃいません。ただ、そんな状況だとしても、なるべくこまめに眼科を受診し、適切な検査・治療を受けるようにしましょう。症状が長引いたり再発を繰り返すときは、早めに治療しないと視力が元に戻らないこともありますし、ひょっとしたら別の病気(加齢黄斑変性など)が起きているかもしれません。
つね日頃から、片方の目を閉じて見え方がおかしくないか(物がゆがんでないか、視力が悪くなっていないかなど)を確認するなど、早め早めに異常を発見するように心掛けてください。
「そうかそうか。ストレスがいけないんだな。ウン、今日はストレス解消! パァ~っと行こう!!」。なんていって、また午前さま。心はリフレッシュできても身体のストレスは溜まる一方、なんてことにならないように気をつけて。通院も忘れないでネ。