29.アレルギーによる目の病気
編集:東京女子医科大学眼科講師 篠崎 和美 先生・東京女子医科大学眼科臨床教授 高村 悦子 先生
もくじ
アレルギーはギリシャ語で「変化した反応能力」っていう意味なんだって。どんな能力がどんなふうに変化するのかな?
アレルギーって何?
目にはアレルギーが起きやすい
今、日本ではアレルギーの人が増えています。すでに国民の3割が、なにかしらアレルギー性の病気をもっていると言われています。
目に症状が現れるアレルギーも少なくありません。眼球は物を見るために外界にさらさせる必要があり、つねにアレルギーの原因物質「アレルゲン」にさらされているからです。
ここで、アレルゲンが体に侵入してからアレルギー症状が現れる過程をみてみましょう。
アレルギーは"免疫反応のいたずら"
人間には、細菌やウイルスなどから体を守る「免疫」が備わっています。免疫とは、細菌やウイルスなどが入り込むと、それを体に有害な異物だと認識して「抗体」を作り、次に同じ異物を感知したときには、抗体が直ちにそれを攻撃・排除する仕組みのことです。インフルエンザなどの予防接種は、これを利用して感染を防ぐ方法です。
ところがこの仕組みは、ときにエラーを起こします。体内に侵入する抗原※1に体が過敏に反応すると、私たちに不都合な効果をもたらすことになります。見当違いの免疫反応、つまり"変化した反応能力"がアレルギーです。
一度できた抗体は、長年なくなりません(すぐになくなってしまったのでは、異物を排除するという本来の免疫の役割を果たせないからです)。アレルギーによる病気が長年続きやすいのはそのためです。
※1 抗原:免疫反応を引き起こす原因物質。抗原の中でも、アレルギー反応に関わるものは、アレルゲンと呼ばれます。
アレルギーによる主な目の病気
季節性アレルギー性結膜炎
毎年同じ季節になるとアレルギーによって結膜炎が起きる病気のことで、花粉症がその代表です。結膜(まぶたの裏側や白目)は、眼球と外部を隔てているバリアのような膜なので、それだけに花粉をはじめいろいろな異物が溜まりやすいのです。
症状は何と言ってもかゆみが一番で、それに充血もよく現れます。目以外に、鼻水、鼻づまり、くしゃみなどもよく起こります。
花粉症の原因としては、春に飛散するスギ花粉がよく知られていますが、ほかにも春から初夏にかけてはヒノキ、夏場はイネ科の植物(カモガヤなど)、秋にはブタクサやヨモギなど、さまざまな植物の花粉がアレルゲンになります。
通年性アレルギー性結膜炎
ダニやハウスダスト※2などがアレルゲンとなる結膜炎です。これらは花粉と違って季節に左右されないので、症状が一年中現れるため「通年性」と呼ばれます。
※2 ハウスダスト:家屋内のチリ。ほこりやカビ、ダニ、フケ、ペットの毛や分泌物など。
春季カタル
結膜に炎症が起きて、かゆみのほか、白っぽい糸を引くような粘り気の強い目やにが出たり、まぶたの裏側の結膜に隆起(石垣状乳頭と呼ばれます)ができてゴロゴロしたり、涙があふれたりします。病名にある「カタル」とは、粘膜に炎症が起きて多量の粘液を分泌する状態です。このような症状が、特に春先などの季節の変わりめに悪化します。点眼薬で病気をコントロールしますが、結膜の乳頭がなかなか消えないときには手術も検討します。
石垣状乳頭 |
結膜だけでなく角膜(黒目の部分)にびらん※3や潰瘍※4、プラーク※5ができることもあります。目を開けられないほど痛んだり、視力が低下して戻らなくなることがあるので、しっかり治療を続けることがとても大切です。
角膜潰瘍 | 角膜プラーク |
春季カタルは小学生ぐらいの男の子がかかりやすい病気で、アトピー性皮膚炎を併発しているケースが少なくありません。症状は悪化と軽快を繰り返しますが、ふつうは思春期になるころまでに治まります。
※3 びらん:粘膜や皮膚の表面(上皮)が欠損した状態。
※4 潰瘍:上皮より深い所まで障害された状態。びらんが深くなると潰瘍になります。
※5 プラーク:潰瘍の所に堆積物が溜まってかさぶたのようになった状態。
コンタクトレンズアレルギー
コンタクトレンズに付着したゴミやタンパク質などの汚れ、消毒液に対するアレルギーです。まぶたの裏側に乳頭ができて、レンズがずれたり外れたり曇りやすくなります。早く治すには、まずコンタクトレンズを外すことが大切です。治るまではメガネや1日使い捨てタイプのレンズに変更します。
点眼薬アレルギー
治療のための点眼薬(目薬)が原因で角膜や結膜、あるいはまぶたの皮膚に炎症が起きることもあります。薬の成分そのものや、薬の中に含まれている防腐剤がアレルゲンとなります。薬を変更したり、点眼を中止します。
接触皮膚炎
皮膚に触れるものに対するアレルギーのことです。化粧品や点眼薬などによる、まぶたの'かぶれ'です。原因を見つけてそれを使用しないことが、治療の第一です。
そのほかには
細菌などに対するアレルギー反応が結膜や角膜に現れる「フリクテン」という病気があります。その場合のアレルゲンとして多いものは、ブドウ球菌です。
そのほか非常にまれな病気ですが、内服薬(飲み薬)や注射薬に対するアレルギー反応と考えられる「スティーブンスジョンソン症候群」では、全身症状とともに結膜や角膜も障害されて視力を失うことがあります。
アレルゲン回避と薬で症状をコントロール
できるだけアレルゲンを避ける
アレルギーの病気の治療は、病気のおおもとである抗原(アレルゲン)を、できるだけ寄せ付けないことが基本です。花粉症の患者さんであれば、なるべく花粉にさらされないようにすることです。あとの囲み記事を参考にしてください。
眼科で処方される薬について
抗アレルギー点眼薬
化学伝達物質遊離抑制薬と、ヒスタミンH1受容体拮抗薬の点眼薬があります。
化学伝達物質遊離抑制薬は、マスト細胞※6にある化学伝達物質が細胞外に出るのを抑制します。アレルギー反応の元を抑えて症状を抑えます。点眼を続けると、より効いてきます。眼科医の指示どおり毎日きちんと点眼しましょう。
化学伝達物質の中のヒスタミンは、神経や血管にあるヒスタミン受容体に結合することでかゆみを起こします。ヒスタミンH1受容体拮抗薬はこれを阻害する薬で、かゆいときに効果があります。
花粉症では花粉の飛び始める少し前からこれら抗アレルギー薬の点眼を始めると、花粉がたくさん飛ぶ時期の症状を軽くすることができます。
※6 マスト細胞:免疫を司る細胞の一つで、内部にはヒスタミンなどの化学伝達物質が充満しています。
ステロイド薬
さらに症状がひどいときには、ステロイドの点眼薬が処方されます。ステロイドには炎症を鎮める強い作用があります。しかし、副作用で眼圧が上がる場合もあります。また感染症にかかりやすくもなります。コンタクトレンズ装用は控えてください。必ず眼科医の指示を守って使用し、使用中は眼科での眼圧チェックなどを欠かさないようにしてください。
免疫抑制薬
春季カタルの治療薬として最近、使われるようになりました。症状の悪化を防ぎ、具合が良い時期が続くようになります。
そのほかには
人工涙液をこまめに点眼して、結膜や角膜に付着したアレルゲンを洗い流してしまうことも効果的な治療法です。結膜や角膜に傷ができてしまっているときなどは、抗生物質を点眼して感染症を防ぎます。
アレルギー性結膜炎の セルフメディケーション
花粉対策
・外出時にはマスク、メガネ、帽子を着用。
・花粉情報をチェックして、飛散量が多い日は防備体制をより完璧に。
・花粉がつきやすいニットなどを控え、綿繊維の衣装を着用。
・帰宅時には玄関先で服についた花粉を落としてから家の中へ。
・うがいや洗顔で、喉や目、肌についた花粉を洗い流しましょう。
・家の窓は閉め、洗濯物や布団は窓際の日の当たる場所で干しましょう。
・こまめに掃除し室内の花粉を減らしましょう。掃除の仕上げは水拭きで。
・空気清浄機を使ったり、加湿機で湿度を高くすると花粉が舞いにくくなります。ただし、ハウスダスト対策の場合は反対です。湿度40~50%を保ちましょう。
・シーズンの2週間前に眼科へ行き、予防的な治療を開始するのがベターです。
ハウスダスト対策
・掃除をこまめにすることが大切です。
・じゅうたんはなるべく使わず、できればフローリングに。
・ふとんやカーテンを丸洗いしましょう。
・ペットを飼うのを控えましょう。
・通気をよくしたり、除湿機で湿度を下げるとダニの活動性が下がります。
市販の点眼薬を使うとき
・おすすめは防腐剤の入っていない人工涙液で、洗い流すように点眼することです。
・目にカップを当てて使うタイプの洗浄液は、まぶたについた花粉や化粧などが目に入るので、おすすめできません。
アトピー性皮膚炎と目の病気
アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う湿疹が軽快と悪化を繰り返すアレルギー性の病気です。基本的には皮膚の病気ですが、目のすぐ近くのまぶたに強い症状が現れたときには眼科での治療が必要です。次のような目の合併症が起こることもあります。
アトピー性皮膚炎の眼瞼炎(まぶたの炎症) |
角結膜炎
顔のアトピー性皮膚炎の症状が強いと、まぶたの皮膚の状態も悪く、角膜や結膜が傷ついたり感染しやすくなり、炎症が続くようになります。
白内障
目の周辺を掻いたりたたいたりする刺激が水晶体にダメージを与えるために、白内障が起こります。通常の白内障よりも進行が早いようですが、手術で治せる点は同じです。
網膜剥離
白内障と同様、物理的な刺激が網膜に亀裂を生じさせ、網膜剥離を起こします。網膜剥離は治療が遅れると視力を失うこともあるので、定期検査を忘れず、また、見え方の異常に気づいたらすぐに眼科を受診してください。
このほかにも、円錐角膜の頻度が高いとも言われています。
なお、アトピー性皮膚炎は乳幼児期に発病することが多い病気ですが、目の合併症はむしろ思春期以降に悪化した患者さんに多い傾向があります。
Q&Aコーナー
Q:なぜアレルギーの病気が増えているのでしょうか?
A:はっきりはわかっていませんが、花粉症については戦後に植林されたスギが成長して花粉の飛散量が増えたこと、土の地面が少なくなり花粉が地上にとどまりやすくなったことなどの影響が大きいと考えられます。そのほか、国民の栄養状態がよくなって免疫能が高まり感染症が減った分、逆にアレルギーの病気が増えた可能性、住宅の密閉性が高まりハウスダストが増えた影響、車の排気ガスの増加なども原因として挙げられています。
Q:アレルギーの病気はいつになったら治りますか?
A:一度できた抗体はなかなか消えず、また、アレルギー反応を起こしやすい体質そのものは生まれつきのものなので、ある程度高齢になり免疫能が低下してくるまでは治りません。なお、アレルギー性鼻炎や喘息の治療では減感作療法(注射などでごく少量のアレルゲンを体に入れ、その量を少しずつ増やしていき体を慣らす方法)を行うこともありますが、アレルギー性結膜炎では今のところ行われていません。
Q:症状にあわせて目薬をさす回数を調整したほうがよいのでしょうか?
A:まずは抗アレルギー点眼薬を、正確に指示された回数で点眼します。それでも不十分なときにはステロイド点眼薬などを追加します。眼科医の指示を守ってください。
アレルギーの名づけ親はオーストリアのお医者さん。1906年に初めて使われた言葉だって事典に書いてあるよ。今から100年以上むかしのお話ね。