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31.飛蚊症

編集:竹内眼科クリニック副院長、東邦大学医療センター大橋病院眼科客員教授 田中 住美 先生

飛蚊症ひぶんしょう」ならアイだって知ってるもん。
目の前に糸くずみたいのが浮いてるように見えるけど、 病気のせいじゃないから全然心配ないんだヨ。
ね、先生!そうだよネ?

飛蚊症を正しく理解しよう

「目の前のゴミ=飛蚊症」ではない

 医学情報が身近になって、一般の方も驚くほど専門的なことに詳しくなりました。視野に糸くずやゴミ、水玉のような物が現れる飛蚊症もその一つです。

 蚊が飛んでいるように見えることから、その症状を飛蚊症と呼び、大半は問題ないと知っている人もたくさんいます。でも、アイちゃんのように「全然心配ない」と思ってしまうのは正しくありません。

 正しくない理由は二つあります。第一に、目の前のゴミのような物が本当は飛蚊症ではない可能性があるということ、第二に、なにかの病気の症状として飛蚊症が現れている可能性もあるからです。



飛蚊症は眼球内の浮遊物の影

 第一のポイントについて、少し詳しく説明しましょう。

 眼はカメラに似ています。カメラのフィルム(デジタルの場合は撮像素子)に相当するのは網膜もうまくです。網膜の前には硝子体しょうしたいという、寒天のようにドロッとした透明な組織があります。この硝子体が眼球内部の大半を占めていて、カメラの暗箱(ボディー内部の空間)に相当します。

 ではこの仕組みから、「ゴミのような物が見える」のが、どんなときかを考えてみましょう。つまり、写真にゴミが写ってしまうのはどんな場合か、ということです。レンズの傷など、外見から明らかな異常がわかるケース(角膜かくまくなど目の表面に近い部分の病気に該当)は除いて考えます。

 一つは、実際に網膜の前の硝子体にゴミのような物が浮いていて、その影が網膜に写っている可能性が考えられます。カメラの暗箱にゴミがあり、それが写真に写り込んでしまう状態です。もう一つの可能性として、網膜や視神経に異常がある状態、つまり、フィルムに傷があったり撮像素子が壊れているケースが考えられます。

 実はこの二つのケースのうち、飛蚊症に該当するのは前者のみです。後者は網膜や視神経の異常を示す症状であって、飛蚊症ではありません。



飛蚊症かそうでないかの見分け方

 飛蚊症とそうでないものは、症状を注意深く観察すれば見分けることが可能です。

 硝子体はほとんどが水分ですから、その中の浮遊物は揺れ動きます。ですから本当の飛蚊症なら、眼を動かす前と後で位置や形が少し変わります。また硝子体内の浮遊物と網膜の間には少し距離がありますので、影の部分が完全に真っ黒(完全に見えない)ということはありません。右に挙げる症状は、飛蚊症ではなくて、治療や経過観察が必要な病気の可能性が高いということです。

 さて、それでは本当の飛蚊症の場合に、網膜に影を落とす硝子体内の浮遊物とは、どんな物でしょうか? 硝子体にそのような浮遊物があること自体が、健康に支障を及ぼすことはないのでしょうか?――。

 これらの疑問の答えは、最初にお話しした飛蚊症を正しく知るための第二のポイント「なにかの病気の症状として飛蚊症が現れている可能性」の解説でもあります。

 そこで、飛蚊症の原因と、治療の必要性について話を進めていきます。



飛蚊症に似ていて飛蚊症でない症状

治療や経過観察が必要な状態

  • 眼を動かす前後で位置も形も変わらない
  • ゴミのような物が真っ黒に見える



硝子体内の浮遊物の正体は?  

 飛蚊症の原因、つまり網膜に影を作る硝子体内の浮遊物が生じる原因は、下に挙げるようにいろいろあり、それによって治療や定期検査の必要性が決まります。



飛蚊症の原因

(1) とりあえず心配ない飛蚊症

  • 硝子体の正常な構造物(細胞や線維)
  • 後部硝子体剥離はくり

(2) 病気の症状として起きる飛蚊症

  • 網膜裂孔れっこうや網膜剥離
  • 網膜の血管の病気
  • ぶどう膜炎
  • 眼球の中の感染症
  • 上記の病気による硝子体出血

 これらの原因のうち、圧倒的に多いのは (1) です。この場合、全く害はなく治療も必要ありません。しかし、(1)(2)の症状に差はないので、患者さん自身でご自分の飛蚊症がどちらなのかを推測することはできません。ですから飛蚊症を初めて自覚したときは、まず眼科で検査を受け、その原因を調べてもらいましょう。



生理的な飛蚊症の起こり方

 ではまず(1) の飛蚊症がどのように起きるのかをお話しします。

硝子体の正常な構造物による飛蚊症

 (1) の飛蚊症は病的ではない自然な症状なので「生理的飛蚊症」と呼ばれます。硝子体の中にある線維や細胞成分が網膜に作る影が、飛蚊症として自覚されるものです。

 硝子体の内部には、眼の中の環境を維持するため、寒天と同じように透明な線維や多少の細胞成分があり、それが光の加減で影を作るのです。

 近視の人は眼球が長い傾向があり、その分、硝子体内部に空洞ができやすく、その空洞の縁に線維などが集まるので、生理的飛蚊症が起きやすくなります。



後部硝子体剥離による飛蚊症

 硝子体は加齢とともに少しずつ液体に変化し、しぼんできます。そして60歳前後になると、網膜から剥がれて硝子体と網膜の間に隙間ができます。これを後部硝子体剥離といいます。

 後部硝子体剥離が起こると、硝子体の後ろ側の膜が網膜に写り、急に飛蚊症が現れます。このとき、眼の中に大変なことが起こったのではないかと慌てて眼科を受診される方もいます。しかし後部硝子体剥離は誰にでも起こる生理的な現象であり、それ自体は問題ありません。時間がたつと硝子体後方の膜が眼球の前方へ移動して網膜から遠くなるので、影が薄くなって気にならなくなってきます。

 なお、後部硝子体剥離に伴い網膜からわずかに出血して、視力が少し下がることがあります。これもしばらくたつと、出血した血液がひき、視力が元どおりに回復します。ただ、少数ながら、網膜と硝子体が強く癒着ゆちゃくしていたり、網膜が薄い人では、次項で解説する網膜剥離や網膜裂孔れっこうが起きてしまうこともあります。



飛蚊症が現れるおもな病気とその対処法

 ここまでの話でおわかりのように、飛蚊症は、なにかの異常を見つけるための症状の一つであって、飛蚊症自体は病気ではありません。治療や定期検査が必要とされるのは、飛蚊症を起こすことがある、次に挙げるような病気そのもののほうです。



治療が必要な病気

網膜剥離 視野が欠けたり、物がゆがんで見えたら、すぐ眼科へ

 網膜が眼底から剥がれてくる病気です。剥がれた部分の網膜色素上皮細胞(眼の壁の細胞)などが眼球内を浮遊し、それが飛蚊症を起こします。「眼の中にカビの写真のような物が見える」と訴える患者さんもいます。また、網膜が剥がれて起きた出血が硝子体に広がったとき(硝子体出血)も飛蚊症のように自覚されます。その症状は「眼の中に煙が出てきた」と表現されたりします。

 飛蚊症以外に、剥がれた網膜の感度が落ちるため、視野が欠けたりします。また、物がゆがんで見える場合もあります。

 網膜剥離は失明しかねない病気と恐れられてきましたが、今は手術成績がよくなり視力を回復できる確率が高くなっています。しかしそれでも発病後できるだけ早く治療を受けたほうがよいことに変わりはなく、手術後の定期検査も欠かせません。



硝子体出血 時間とともによくなるが、病気が治っているわけではない

 網膜血管の断裂などによる眼底の出血が硝子体内に入り込んだ状態を硝子体出血といい、飛蚊症を起こします。

 硝子体出血による飛蚊症では、出血した血液自体は時間がたつと周囲の組織に吸収されていくため、症状が軽くなっていくように感じることがあります。ただしそれはあくまで見かけ上のことで、網膜剥離などの元にある病気がよくなっているわけではないので注意してください。火事で家の中に煙が充満し、あわてて窓を開け室内の煙を減らしたとしても、火元を消さなければ意味がないのと同じです。

 なお、大量の硝子体出血が起きても目の前が真っ暗になることはありません。真っ暗になったとしたら、治療の緊急性が高い網膜や視神経などの病気が考えられます。



感染症 怪我や手術のあとに物が霞んで見えだしたら、直ちに眼科へ

 頻度としては少ないのですが、飛蚊症が現れる病気の中で最も急いで治療しなければならないのが、感染症です。眼に物が刺さったとか、白内障はくないしょう緑内障りょくないしょうなどの手術を受けた後に、眼球内に細菌が増殖して起こります。肺などに隠れていた真菌しんきん(カビ)が眼に回って発症することもあります。

 飛蚊症がひどくなるほか、物が霞んで見えたり、眼痛がしたりします。一刻を争う状態なので、眼科救急外来を受診してください。菌が少なければ抗生物質の注射などで治りますが、手遅れだと失明してしまいます。



ぶどう膜炎 病状の変化にあわせて治療の継続を

 網膜の一つ外側のぶどう膜という部分に慢性の炎症が起きる病気で、原因はいろいろあります。ときに発作的に症状が悪化し、飛蚊症がひどくなることがあります。発作のときすぐに適切な治療を受けることが、視力や視野を守るうえで大切です。



血管新生緑内障 頭痛や眼痛、吐き気、視野が欠けるなどが現れたら、すぐに受診

 糖尿病などによる網膜の病気が進行して起きる、治療の緊急性が高い緑内障です。網膜の慢性疾患がある患者さんは、軽度の硝子体出血を繰り返していて飛蚊症に慣れてしまっている方がいますが、頭痛や眼痛、吐き気、視野が欠けるなどが現れたら「またいつもの硝子体出血だ」などと誤解せず、すぐに診察を受けてください。



定期的な検査で経過観察が必要な病気



網膜裂孔れっこう

 網膜に穴ができる病気です。穴の部分からの網膜色素上皮細胞や硝子体出血などが飛蚊症の原因となります。

 網膜裂孔は網膜剥離に進むこともあるので、定期的に検査を受け、経過を見守る必要があります。網膜剥離に進行する場合、ほとんどは3カ月以内に起こります。ですから最初の3カ月はとくに忘れずに、指示されたとおりに通院してください。また、1日1回ご自身で物の見え方をチェックし、異常を感じたらすぐに受診してください。

 網膜剥離への進行を抑える目的で、予防的なレーザー治療を行う場合もあります。ただし、その治療を受けたとしても経過観察が欠かせないことに変わりはありません。



網膜の血管の病気

 糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症など網膜の慢性疾患では、新生血管という異常な血管が網膜や硝子体に伸びてくることがあります。新生血管があってもそれ自体は無症状ですが、しばしば突然、硝子体出血や網膜剥離、血管新生緑内障などを引き起こすので、経過観察が大切です。



見え具合のチェックは必ず片目ずつ

 網膜裂孔と診断された方は網膜剥離が起きたらすぐに気づくように、ご自身で1日1回、見え方に異常がないかチェックしてください。チェック項目は・・・

  • 物がゆがんでないか
  • 見える範囲が欠けていないか
  • 視力が悪くなっていないか

 といったことです。近視や老眼の人はメガネなどをしてからチェックしてください。また、必ず片目ずつ確認することも忘れずに。両目で見ていると、見え方に異常があっても意外なほど気づかないものです。

さっそくチェックしてみましょう!

モニターから目を約30センチメートル離し、下の図の中央の白い点を片目で見つめ、格子の線がゆがんでないかや、見えないマス目がないかを確認してください。

※ マス目の間隔が5ミリに見える設定で



まとめ 飛蚊症の正しい対応

初めて飛蚊症を自覚したときは検査を受けましょう。生理的飛蚊症と診断されれば、ひとまず安心。ただし、飛蚊症がひどくなったり、別の症状が現れたら、もう一度検査をしてもらいましょう。

飛蚊症の原因が病気によるものだとしたら、その病気をしっかり治療しましょう。飛蚊症の症状は病気の重症度を表さないこともよくあります。飛蚊症がよくなっても、元の病気の治療を忘れずに。

同じ人に違う原因で飛蚊症が起きることもあります。以前、飛蚊症がすぐによくなったからといって、次に起きる飛蚊症が同じとは限りません。一度よくなっていた飛蚊症が再びひどくなったら、すぐに検査を受けましょう。

どうやらアイは勘違いしてたみたい...。
目の前のゴミの原因もいろいろってことね。
早とちりはダメ。ちゃんと確認しないと!


シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年2月改訂