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32.ロービジョンケア

編集:弘前大学医学部眼科教授 中 澤 満 先生

「ロービジョンケア」ってなんだろう?
みんな聞いたことある??ないならアイと一緒にお勉強しヨ!

ロービジョンケアとは

眼の機能を最大限に活用する方法

 なにかの病気やけがなどで視力が低下したり視野が狭くなったとき(または、そうなりそうなとき)、眼科では、検査をして異常箇所を見つけ、その治療を行います。治療によって眼の状態を正常にできれば、視力や視野は回復します。

 しかし、今の医学では残念ながら、治療効果が不十分で、視覚障害に至ることもあります。かといって、そのようなときに、眼を全く使えなくなるとは限りません。むしろ多くの場合、視機能しきのう(物を見るための働き。視力や視野、色覚)が少し保持されています。その保持されている視機能を最大限に活用し、患者さんが自立して、できるだけ快適な生活を送れるよう支援する眼科医療や福祉のことを、ロービジョンケア(low vision care)と言います。

ロービジョンとロービジョンケア



 このページでは、現在、視力がよく保たれている方に向けて、ロービジョンケアの全体像をお話しします。

視覚障害の原因と症状

 最初に、ロービジョンケアが必要とされる視覚障害のおもな原因と特徴を挙げます。

緑内障とロービジョン

 緑内障りょくないしょうは、一度に見える範囲「視野」が狭くなる病気です。多くは中高年になるころに発病します。病気を早期発見し、きちんと眼圧がんあつ(眼球の内圧)をコントロールできていればよいのですが、病気の進行が速い場合、長い年月を経て視覚障害に至ります。まれには眼圧が発作的に高くなり、失明してしまうこともあります。18歳以降の視覚障害原因のトップが緑内障です。

 緑内障でのロービジョンは、病気がかなり進行するまで、中心部分の視野は失われず、視力もよく保たれています。ですから文字を読むことはできます。しかし周辺部分が見えないので、歩行中に人や物にぶつかったり、知り合いとすれ違っても気付かなかったり、文章を読むとき行末から次の行へ移る際に行を見失ったりします。病気がさらに進むと、視力も低下してきます。



糖尿病網膜症とロービジョン

 糖尿病網膜もうまく症は、眼の奥にある「網膜」(カメラのフィルムに相当する組織)に異常が生じる病気です。糖尿病をしっかり治療していればよいのですが、そうでないと網膜ががれたり、眼球内に出血が起きたり、または重度の緑内障が起きたりします。

 糖尿病網膜症による視覚障害の特徴は、黄斑浮腫おうはんふしゅにより徐々に視力が低下することもありますが、多くの場合、あるとき突然、視力や視野が失われることです。その直前まで、あまり自覚症状がありません。しかも緑内障の場合よりも若い、働き盛りの年齢で障害が生じることが少なくありません。このような理由から、ロービジョンという現実を受け止めるのに、より長い時間が必要になりがちです。



網膜色素変性症とロービジョン

 網膜色素変性症は、夜盲があって、しかも少しずつ視野が狭くなる病気で、根本的な治療法はまだありません。発病年齢は幼少期から高齢者に至るまで幅広く、病気の進行スピードもまちまちです。早くに発病し病気の進行が速い場合、若いうちに視覚障害に至るケースもあります。

 網膜色素変性症のロービジョンは緑内障に似ていて、視野が周辺部から徐々に狭くなってきますが、視力は病気がかなり進むまで比較的よく保たれています。

緑内障や網膜色素変性症



加齢黄斑変性とロービジョン

 網膜の中央に位置する「黄斑おうはん」は、極めて視力が鋭敏な部分です。文字を読んだり物を見つめるときは、常に黄斑を使っています。視機能のうちの「視力」は、この黄斑の働きによるものです。その黄斑に、加齢(年をとること)による病的な変化が起きて、視力が低下するのが加齢黄斑変性です。

 加齢黄斑変性でのロービジョンは、緑内障や網膜色素変性症とは反対で、視野の周辺は見えますが、視野中央の一番肝心な所が見にくいという特徴があります。また、視覚障害に至る場合、病気の進行が、緑内障などと比べて早い傾向があります。

加齢黄斑変性



視覚障害のそのほかの原因や症状

 以上のほか、角膜や水晶体の濁りなどのために網膜まで光が届かなくなったり、視神経の病気、ぶどう膜炎、けが、脳卒中など、視覚障害が生じる原因はいろいろあり、その原因によって視力や視野への影響が少しずつ異なります。例えば脳卒中では、視野の左右どちらか半分しか見えなくなることもあります。

 視覚障害の原因にかかわらず、最も問題になる症状は、視力低下、そして視野の異常です。この二つに加え、光をまぶしく感じる「羞明しゅうめい」という症状もよく現れます。



ロービジョンケアの実際

 ロービジョンケアには、医療と福祉の両方にわたる、さまざまな手段が用いられます。ここでは、できるだけ物がよく見えるようにするためのロービジョンケアを「基礎編」として、実際の生活をより快適に送るためのロービジョンケアを「実践編」としてまとめてみます。



基礎編 できるだけよく見えるようにする

「基礎編」は、保持されている視力や視野を効率よく使って、少しでも見やすい環境を作ることです。具体的には、次のような方法があります。

視力低下には...

拡大鏡を使う

 文字や遠くの物がぼやけてよく見えないとき、ルーペや双眼鏡などを使うとはっきり見えますね。網膜に写る像が大きくなるからです。ロービジョンケアに使う拡大鏡(弱視レンズ)も、これと同じ原理で、凸レンズを使って像を拡大するものです。

 拡大倍率が高いほど像が大きくなりますが、反対に一度に見える範囲は狭くなります。視力や使用環境ごとに、ちょうどよい倍率のレンズを選んで使い分けます。近くを見るときには卓上式や手持ち式のルーペなどを使い、少し離れた所を見るときには単眼鏡を使います。

屈折異常を矯正する

 ロービジョンケアの効果を高めるために、近視や乱視がある場合、メガネやコンタクトレンズなどでしっかり矯正することが原則です。そうしないと、拡大鏡を使っても網膜に写るのは、ぼやけたまま大きくなった像なので、効果が半減してしまいます。

中心外固視こしの練習

網膜の中心の働きが障害を受けて視力が低下していても、中心から少し離れた網膜は機能していることがあります。その場合、その部分の網膜で物を見るための練習をします。



視野異常には...

縮小レンズを使う

 視力低下に対して用いる凸レンズとは反対に、凹レンズを使うと、一度に見える範囲が広くなります。ただし、像の大きさは小さくなるので、視力があまり低下していない方に向いています。なお、単眼鏡を逆向きで使っても、縮小レンズと同じ効果があります。

プリズムを使う

 プリズムを通して見ると、視野が拡大されます。通常はメガネに取り付けて用います。物が見えている位置と、実際の位置との間にずれが生じるので、慣れが必要です。

スキャニングの練習

 視野が狭くても、眼を動かして少しずつ情報を取り込んでいけば、前方の状況を把握することができます。この方法をスキャニングと呼んでいます。



羞明しゅうめいには...

遮光しゃこうメガネを使う

 波長が短くて眼の中で散乱しやすい青色の光だけをカットする、遮光メガネをかけると、まぶしさがなくなります。ふつうのサングラスは、すべての光を一様にカットするので、視野が暗くなり、物を見にくくなります。

サンバイザーや帽子をかぶる

 ツバ付きの帽子も、まぶしさ軽減に役立ちます。



実践編 自分ができることを増やす

 ロービジョンの患者さんの多くが、文字を読むこと、外出することに困難を感じると言われます。ここからは、そのような日常生活上の問題を解決するための方法を、「実践編」として取り上げます。



文字の読み書きには...

拡大読書器

 手紙や本などをスキャナーや小型カメラで読み取るなどして、それをテレビやパソコンの画面に拡大表示する器械です。数社から販売されていて、拡大倍率の範囲やその設定方法、オートフォーカス(自動焦点)機能のあるなしなど、性能にそれぞれ特徴があります。

タイポスコープ、罫線スリット

 文章を読み書きするときに、スリット入りの黒い厚紙を当てると、行末から行頭へスムーズに視線を移動できます。

白黒反転コピー

 コピー機の白黒反転機能を使い、黒地に白の文字にすると、読みやすくなることがあります。文字を書くときには、黒い紙に白インクのペンで書き、それを反転コピーすると、白地の文書になります。



一人で外出するには...

歩行訓練

 頭やからだに物がぶつかるのを防ぐための防御姿勢や、白杖はくじょう(視覚障害のある方が使用する白い杖)の用い方などを身に付ければ、一人で外出できるようになります。歩行訓練は、福祉センターなどで行っています。



そのほかにも...

ロービジョングッズの利用

 視覚障害がある方向けに作られた、ロービジョングッズ、または盲人用グッズと呼ばれる製品があります。大きな活字で印刷されている本、音声時計、音声電卓、紙幣や小銭を種類別に収納できるユニバーサルデザインの財布、携帯型の文字拡大表示器、パソコン文書や電子メールの音声読み上げソフト、音声入力ソフトなど、さまざまな便利なグッズが販売されてます。

色覚の活用

 色覚(色を識別する視機能)が有効な場合は、自宅や職場の危険な箇所(階段の縁など)や目立たせたい箇所に、カラーテープを貼ったりするといった工夫も役立ちます。

点字の習得

 視覚障害があり、それがなお進行している場合には、今は必要なくても、ロービジョンのうちに点字を覚えたほうがよいケースもあります。



ロービジョンケアを受けるときに

積極的に、ねばり強く

 ロービジョンケアのメニューの中には、中心外固視や歩行訓練など、慣れるまで繰り返し練習しなけばいけないものもあります。ときにはつらくてイライラすることがあるかもしれませんが、目標をもって、しっかり続けてください。

 また、視覚障害が進むと、外出を控えたり、それまで続けていた趣味をあきらめたりと、生活のいろいろな面で消極的になりがちです。そのためにロービジョンケアを受ける機会が失われ、より行動範囲が狭くなってしまうことも考えられます。

 歩行訓練をすれば一人で外出できますし、ロービジョングッズを活用すれば続けられる趣味もたくさんあります。そのために必要なことは遠慮せず、医療機関や福祉センターなどで、どんどん尋ねましょう。



障害者手帳の取得について

 障害者手帳を取得すると、さまざまな公的サービスを利用できます。障害の等級によって、拡大読書器などの購入費の補助、所得税や医療費の控除、障害年金の支給を受けられます。

 また、福祉センターを中心に行われているロービジョンケアは、障害者手帳を持っていないと受けられないものもあります。障害者手帳の取得には、指定医の診断書が必要です。眼科や自治体の福祉担当窓口で相談してください。



決め手は情報収集

 ロービジョンによって生じる、日常生活や就労、学業など、ざまざまな面での支障に、ご本人やご家族だけで対処するのは大変です。問題を前向きに解決していくときに必要なのは、情報です。

 その情報は、待っていても集まりません。例えば、インターネットを使って、ロービジョンケアに力を入れている医療機関や眼鏡店を探したり、視覚障害のある方の患者会活動に参加したり、方法はいろいろあります。いつも最新情報をキャッチできるようにしておくと、なにかと心強いものです。

目がちゃんと見えなくなったりしたら、アイ、やだナ...。でも、もしもそうなったとしても、きっとアイはロービジョンケアをやってみるヨ。せっかく見る力があるんだったら、それをいっぱい使って、いろんなことしたいもの。みんなはどうーお?
『目と健康シリーズ』は今回でおしまい。長い間一緒に勉強してくれて、ありがとう!またどこかで会うときまで、絶対元気でいてね!約束だよ!!


シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年2月改訂